2011年10月07日

トモダチの事

かつて友人だった人の事を思い出す。
もう10年以上前になるだろうか。

友人の紹介で、2人きりで会う事になったのが確か最初の出会いだったと記憶している。彼は写真を撮っていて、良い写真を撮る事に夢中だった。僕の作った曲を気に入ってくれていて、僕らは出会ってすぐに意気投合した。

元々とても繊細な心の持ち主である彼は、僕にシンパシーを感じてくれたのか非常にオープンな態度で接してくれた。当時僕は他人との付き合いが苦手で、どこか壁を作っていたところがあったのでオープンな付き合いはほとんど皆無だった。彼のビックリするくらい打ち解けた態度が新鮮でとても嬉しかった。

と同時にどこか不安でもあったのだ。

彼は僕の事をとても好意的に思ってくれている。勿論僕の方も彼の写真がとても好きだし、彼の人柄も好きだ。でも、まだ僕は彼の事を良く知らないし、彼の方も僕の事を良く知らないはずだ。そういった気持ちがチラチラしていた。

それでも僕達はしょっちゅう遊ぶようになった。
彼は自分の好きなものについて、本当に楽しそうに話した。僕もそれを聞くのが好きだった。

彼は僕がギターを弾いてるのを聴くのが好きだと言ってくれた。めちゃくちゃ嬉しかった。

ある日、彼が大好きだと言う音楽を一緒に聴いた。
彼は熱意を持ってその曲が如何に素晴らしいかを話してくれる。とっても素直で真っ直ぐな彼の話し方が心地よかった。本当にこの曲が好きなんだってことが伝わってくる。

そのとき一緒に聴いたのがRadioheadのNo Surprises



彼とは、ある事がきっかけで拗れてしまって決別する事になっちゃったけれど今でもこの曲を聴くと彼の事を思い出す。

拗れた原因は僕のせい。当時、僕は非公開実験室という即興ノイズユニットを組んでいて、それに無理矢理彼を引き込んでしまった。決めごと無し、感情だけでノイズを掻き鳴らすバンドだったので、僕は軽い気持ちで彼を誘った。
僕は彼の感性が好きだったし、ステージで彼がギターを弾くだけで面白いんじゃないかと思っていた。スタジオリハーサルの時「どうせ決め事なんてないんだし、好きにやってくれたら良いよ」とだけ伝えた。けれど彼は何も弾かなかった。今考えると、好きにやれって言われてるんだから弾かなくても良かったのかも知れない。けれど僕はその態度に苛立ちをみせてしまった。

たった一度だけ。。それっきり呆気なく友達関係は終わっちゃった。

未だに自分の事はよく分からないけれど、決して穏やかな人間ではないと思っている。なるべく他人を傷つけたくはないとは思っているが、まだまだ出来そうにない。まったく他人を傷つける事がなくなったら僕も仏様になれるかな。

彼との交流は短い期間だったけれど僕にとって大切な経験だった。
だから何度も思い出す。。

決別後、彼とは2度会っている。
1度目は友人達が主催するギャラリーでの音楽と写真のイベントに行った時だ。
写真を展示していた彼は当然そこにいて、出会った瞬間「何しに来た?」みたいな感じで敵意剥き出し。僕はビックリして何も言えなかったのだけれども。。僕は相当彼を傷つけたんだなぁと改めて感じた。
2度目は3年程前、僕がギターを担当しているバンドのライブだった。うちのヴォーカルの友人である彼がライブを観に来てくれたのだ。言葉は交わさなかったけれど、人伝に僕の曲を褒めてくれたのを聞いた時は本当に嬉しかった。

人との関係って不思議なものだなぁと感じている。
神経質なくせに妙に楽観的なところのある僕は、こんな関係も悪くないな、なんて感じているが、ひょっとするとまだ酷く恨まれているのかも知れない。
posted by ito at 17:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽日記
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