2011年10月23日

小林秀雄「考えるヒント」

小林秀雄「考えるヒント」を読んでいる。
これがとても面白く、読了に至らないうちから興奮している。

小林秀雄は批評家だそうで、勿論この著書も批評集である。
批評なんて頭の固いインテリのお戯れだろ・・・くらいのイメージだったのだが、読み出してビックリ、著者は驚く程「感覚的」に物事を考えていらっしゃる。非常に研ぎすまされた感覚で物事を捉え、また「感覚」が如何に大切かと言う事を繰り返し述べておられる。
随所で「直覚する」「直覚した」という表現が使われている。

直接、感覚に訴えてくるもの、魂で感ずるものを非常に大切にするという小林秀雄の考えにとても感銘を受けているし、勇気を貰った気がしている。

私自身、直覚(感覚)を無視した「論理」にはとても恐ろしく危険な何かが隠れていると感じている。しかし感覚を他人に伝える事は非常に困難だ。特に巧みに組み立てられたロジック(論理)にはなかなか太刀打ちできないし、その論理が間違っているとも言えない。きっと現実が不安な状況になるほどに、魂を排した「論理」が力を持つようになり、やがては心を無くした争いに向かって行くのではないだろうか・・・
それでも感覚(魂)は誰の中にも必ず存在していると信じているし、辛抱強く直接相手の魂に訴えかけるしかないのかも知れない。そしてそれが可能である事も直覚している。。だからきっと大丈夫なのだ!だって同じ人間なんだから◎

私は音楽を聴き、映画を観る、本を読み、絵画を鑑賞する。自然の中にも、人とのコミュニケーションにおいても、いつも求めているのは感動だ。心を動かすもの、只それだけに関心があると言っても差し支えのない人生を送ってきた様に思う。自分の中の「直覚」を磨き続ける事には励んできたつもりだし、これは死ぬまで続けられるだろう。それが芸術であり文化なのではないだろうか。。

友人が好きな音楽について語るとき「俺の中に入ってきた」って表現を使うのがとても好きだ。

きっと、それがすべてちゃうかな。



誰もが「直覚」をもっと大切に磨き続けていけば世界はきっと平和になって行くような気がするなぁ。


追記:
しっかし、小説という空想や妄想が許される媒体では無く、随筆・エッセイ・評論というスタイルで「感覚(スピリット)」を表現する小林秀雄は随分パンクな人だなぁ。これじゃ誤解されてバッシングを受けちまうんじゃねぇかと思いウィキペディアを調べてみたら案の定叩かれまくっていたみたいなので笑っちゃった。益々カッコいいぜ!

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posted by ito at 14:46| Comment(3) | TrackBack(0) | 読書日記
この記事へのコメント
うーむ。小林秀雄はよく知っていたが、今まで真剣に読んだことはなかった。我々団塊世代はだいたい知ったかぶりをしているが、まじめに読んだ人は少ないと思う。今度一度手にとってみよう。
Posted by Shinichi at 2011年11月14日 14:58
http://ero.cool-design.biz/
こんなワタクシですが今年も仲良くしてちょ♪(*>ω<*)
Posted by ガビーン!! at 2012年01月06日 22:24
http://sehure.hot-pepper.org/
うえにのって腰ふってあげるのが大好きなのぉw
Posted by 大人ですが。 at 2012年01月11日 11:08
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