2011年11月26日

自信回復作戦 - 「すぐに役立つとっておきの考え方」ジェリー・ミンチントン著

現実の様々な状況、震災といった大きな事から、ごく身近な事柄まで、色んな情報に気分を振り回され過ぎる、この不安定極まりない自分の感情を上手くコントロールできないものかしらと思う今日この頃です。

どうしてこんなに落ち込むのか、自信を失ってしまうのか。
決していつでも落ち込んでいる訳では無く調子が良い時もあるのに、どうにも安定していられない自分をなんとかコントロールしたいものだと思うわけです。

「自信、揺るがないポジティブシンキングさえありゃ俺は無敵だ!きっと全て上手く行くぜ!アレス イスト グート!」とか思ってたりします。きっとそれだけじゃイカンのだろうけれど、まず大切なところはそこじゃねぇのかと信じておるのでございます。

そんな時巡り会ったのが本書「すぐに役立つとっておきの考え方」ジェリー・ミンチントン著であります。(原題 Maximum Self-Esteem 最大限の自尊心)
胡散臭いタイトルなので普段なら読まない部類の本なのですが、今の自分にはピッタリ、ハマったのでありんす。

健全な自尊心を高める事が幸福に直結していると著者は言いきっておられます。
ちょっと乱暴な気もしますが、回りくどい言い訳などが省かれている分、実に爽快で分かり易く好感が持てる文章です。

健全な自尊心とは、肩書きや能力に関係なく、ありのままの自分の価値を認める事、自分を愛するって事です。正しく自分を受け入れる事は、正しく他人を受け入れる事にも繋がります。こりゃ良い考え方だな!

とは言っても現実には他者への責任や義務ってのが存在しています。勿論それは大切な事ですが、自尊心を蔑ろにした責任感や義務感では面白くないと思うのです。
ニュース等でビックリする様な汚職事件が起っていたり、ありえないような暴言を吐いてしまう政治家がいたりするのは、健全な自尊心を欠いた、肩書きや能力にかまけた偽プライドだけの人間が増えているせいではなかろうかとも思います。

健全な自尊心には正しい自己責任も伴います。自分がしようと思う事に責任を持つ。これって意外に忘れがちな事ではないでしょうか?他人のせいにしてみたり世の中のせいにしてみたりする事を辞めて自分で決定する。他人の意見は参考にはしても振り回されない。そしてこれが、他者には他者の自己決定があるのだからそれを尊重するって事にも繋がっていきます。

これは非常にシンプルで分かり易い考え方だと思いました。
今まで複雑に考え過ぎて、間違った責任感や義務感に押し潰されそうになってたのが、スゥーッと楽になった気がします。

なお本書読了後、3日間は高い自尊心を保てるので清々しく生活できますが、一読しただけでは、やはり効力は持続しません。。
イカンイカンとは思えど、何かを他人のせいにしてみたり、自分の価値観を他人に強要してしまったりもしちゃいます。

健全な自尊心を育てるにはまだまだ修行が必要なようです。
本書は絶版になっているようなのですが、ネットでほぼ送料のみで購入できました。
便利な時代だ。南無阿弥陀仏。





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posted by ito at 17:57| Comment(2) | TrackBack(0) | 読書日記

2011年10月23日

小林秀雄「考えるヒント」

小林秀雄「考えるヒント」を読んでいる。
これがとても面白く、読了に至らないうちから興奮している。

小林秀雄は批評家だそうで、勿論この著書も批評集である。
批評なんて頭の固いインテリのお戯れだろ・・・くらいのイメージだったのだが、読み出してビックリ、著者は驚く程「感覚的」に物事を考えていらっしゃる。非常に研ぎすまされた感覚で物事を捉え、また「感覚」が如何に大切かと言う事を繰り返し述べておられる。
随所で「直覚する」「直覚した」という表現が使われている。

直接、感覚に訴えてくるもの、魂で感ずるものを非常に大切にするという小林秀雄の考えにとても感銘を受けているし、勇気を貰った気がしている。

私自身、直覚(感覚)を無視した「論理」にはとても恐ろしく危険な何かが隠れていると感じている。しかし感覚を他人に伝える事は非常に困難だ。特に巧みに組み立てられたロジック(論理)にはなかなか太刀打ちできないし、その論理が間違っているとも言えない。きっと現実が不安な状況になるほどに、魂を排した「論理」が力を持つようになり、やがては心を無くした争いに向かって行くのではないだろうか・・・
それでも感覚(魂)は誰の中にも必ず存在していると信じているし、辛抱強く直接相手の魂に訴えかけるしかないのかも知れない。そしてそれが可能である事も直覚している。。だからきっと大丈夫なのだ!だって同じ人間なんだから◎

私は音楽を聴き、映画を観る、本を読み、絵画を鑑賞する。自然の中にも、人とのコミュニケーションにおいても、いつも求めているのは感動だ。心を動かすもの、只それだけに関心があると言っても差し支えのない人生を送ってきた様に思う。自分の中の「直覚」を磨き続ける事には励んできたつもりだし、これは死ぬまで続けられるだろう。それが芸術であり文化なのではないだろうか。。

友人が好きな音楽について語るとき「俺の中に入ってきた」って表現を使うのがとても好きだ。

きっと、それがすべてちゃうかな。



誰もが「直覚」をもっと大切に磨き続けていけば世界はきっと平和になって行くような気がするなぁ。


追記:
しっかし、小説という空想や妄想が許される媒体では無く、随筆・エッセイ・評論というスタイルで「感覚(スピリット)」を表現する小林秀雄は随分パンクな人だなぁ。これじゃ誤解されてバッシングを受けちまうんじゃねぇかと思いウィキペディアを調べてみたら案の定叩かれまくっていたみたいなので笑っちゃった。益々カッコいいぜ!

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2011年10月08日

坂本龍一さんの自叙伝「音楽は自由にする」

坂本龍一さんの自叙伝「音楽は自由にする」を読み終わった。
「音楽は自由にする」ってタイトルが気になったので手に取ってみた。

本書には坂本龍一の幼少期から現在(2009年)までの人生が時系列に沿って淡々と書かれている。

本人も書いておられるのだが「僕の人生は行きがかり上、そうなった事ばかりなんです」・・・ですと。

読了後の感想は「この人、人生順風満帆、トントン拍子、挫折知らずじゃねーか!羨ましすぎるぜぇ」ってな具合である。交遊関係も華やかでとても素敵な人生を送られているんだなぁと関心してしまう。。きっと音楽に関しては随分勉強されているはずだし、ご苦労もあっただろうと想像するが、余りそういう苦労話に関しては語られていない。いや語られてはいるがサラッとしていて印象が薄い。私の嫉妬のせいだろうか?それとも演歌的発想がお嫌いであろう坂本さんがあえて語らなかったのか?
「音楽(芸術)にはパッションが何より大切だろーが!」と信じてしまっている自称岡本太郎支持派には少々ショックな内容である。

しかしながら、音楽(音符の並び)に関する探究心は半端無いので、実験音楽や音楽の歴史なんかに興味ある方にとっては良きディスクガイドになるのではないだろうか。

好奇心旺盛なアンドロイドであるような印象を本書からは感じるのだが、そんな坂本氏が作る音符の並びに心揺さぶられたりしてしまうのだから音楽は不思議だ。
私はYMOのアルバム「テクノデリック」最後に収録されているEpilogueがめっちゃ好きだ。なんて美しいんだろう!


しっかし私が恐ろし過ぎて読み切る事が出来なかった島尾敏雄の本を、女の子を誘う際の口実に使うだなんて信じられん・・・「女の子はこういうちょっと難しくて暗い話が好きだったりするんですよ」さすがアンドロイド教授!オシャレだ。


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